深い悲しみとともに、これからを生きるために
家族、パートナー、友人、同僚——大切な人を自死で亡くすことは、人生でもっともつらい経験のひとつです。今、言葉にならない気持ちの中にいるかもしれません。
最初にお伝えしたいことがあります。自死は、誰かひとりのせいで起こるものではありません。「気づけなかった自分が悪い」「あのとき止められたはず」——そう考えてしまうのは自然なことですが、それはあなたの責任ではないのです。
このページは、答えを急がせるためのものではありません。今のあなたに、少しでも役立つ情報をそっと置いておくためのものです。読めるところだけ、読める分だけで大丈夫です。
「どうして気づけなかったのか」と繰り返し考えてしまう
理由を探し続けても、答えが見つからないつらさ
故人や周囲、自分自身への怒りがわいてくることも
亡くなった理由を言えず、悲しみを一人で抱えてしまう
ショックで何も感じられない。涙が止まらない。眠れない。逆に、ほっとした気持ちがよぎって、そんな自分に驚く——。
突然の別れのあとには、こうしたさまざまな気持ちが波のように押し寄せます。矛盾しているように見えても、どれも大切な人を失ったこころの自然な反応です。感じ方に「正解」はありません。
自死による死別は、他の死別と比べても、こころに大きな負担がかかることが知られています。それには理由があります。
①別れがあまりに突然であること。②「なぜ」という答えの出ない問いが残ること。③周囲に話しにくく、孤立しやすいこと。④同じ経験をした人に出会いにくいこと。
つらさが長引くのは、あなたが弱いからではなく、それだけ重い経験をしたからなのです。
大切な人を自死で亡くした方の中には、「自分も後を追いたい」「そばに行きたい」「消えてしまいたい」という気持ちがわいてくる方が少なくありません。研究でも、自死で大切な人を亡くした方は、こうした気持ちを抱きやすいことが確認されています。
それは「おかしくなった」のではなく、深い悲しみと結びついた、こころの反応です。そう感じてしまう自分を、責めなくて大丈夫です。
ただ、この気持ちは一人で抱えるには重すぎるものです。頭から離れなくなってきたら、それは「支えが必要です」というこころのサイン。主治医や信頼できる人に、そのまま言葉にして伝えてみてください。
大切な人を失った悲しみ(グリーフ)は、少しずつ形を変えながら、多くの場合、時間とともに和らいでいきます。まっすぐ回復するのではなく、良い日と苦しい日を行き来しながら進むのがふつうです。
命日や誕生日、季節の節目に気持ちが強く揺れる「命日反応」もよく知られています。「また戻ってしまった」のではなく、波の一部です。
一方で、時間がたっても悲しみが和らがず、生活に大きく影響し続けることがあります。これは「遷延性悲嘆症(せんえんせいひたんしょう)」と呼ばれる状態かもしれません。
これは性格や気の持ちようの問題ではなく、ケアの方法が確立している状態です。自死による死別のあとは、この状態になりやすいことも分かっています。当てはまると感じたら、ぜひ診察で教えてください。
信頼できる人、主治医、カウンセラー——「話しても大丈夫」と思える相手に、少しずつ気持ちを言葉にしてみましょう。話したくないことは話さなくて構いません。ノートに書くだけでも、こころの整理につながります。
自責の考えが浮かんだら、まず「また責める考えが来たな」と気づくだけでOKです。そのうえで、「同じ立場の友人がいたら、なんて声をかけるだろう?」と考えてみてください。自分にも、同じやさしさを向けていいのです。
眠る・食べる・体を動かす。悲しみの中では難しいことですが、できる範囲で生活の土台を保つことが、こころの回復を支えます。できない日があっても大丈夫。「今日は水分をとれた」で十分な日もあります。
命日・誕生日・年末年始などは、気持ちが大きく揺れやすい日です。その日の過ごし方を前もって決めておく(誰かと過ごす、お参りに行く、あえていつも通りにする、など)と、波を少しやわらげられます。
自死遺族の集まり(「分かち合いの会」「わかちあいのつどい」など)が、各地の精神保健福祉センターや民間団体で開かれています。「話しても分かってもらえる」という体験は、孤立感をやわらげてくれます。参加を強制されることはなく、聞いているだけでも大丈夫な会がほとんどです。
長引く強い悲嘆には、悲嘆に特化した心理療法(複雑性悲嘆治療などと呼ばれます)の効果が、複数の臨床試験で確認されています。
故人との思い出を安全な形で扱いながら、避けてきた場所や活動に少しずつ近づき、「故人とのつながりを保ちながら、自分の人生も進めていく」ことを支える治療です。自死で大切な人を亡くした方にも効果があり、死にたい気持ちがやわらぐことも報告されています。
お薬は、悲しみそのものを消すためのものではありません。ただ、眠れない・食べられない・気分の落ち込みが強いといった状態を支えるために、お薬が助けになることがあります。
「悲しみは自然なものだから薬は使わない」と決めつける必要も、「薬に頼ってはいけない」と我慢する必要もありません。今のあなたに合った組み合わせを、診察で一緒に考えていきましょう。
自死で大切な人を亡くした方は、「自分のことは後回し」になりがちです。でも、あなた自身のこころのケアを受けることは、故人を忘れることでも、悲しみを捨てることでもありません。
大切な人を思い続けながら、あなたの生活と健康を守っていく——治療は、その両方を支えるためにあります。
忘れる必要はありません。回復とは「忘れること」ではなく、故人との思い出やつながりを保ちながら、自分の生活を取り戻していくことです。「立ち直らなきゃ」と焦らなくて大丈夫。悲しみのペースは人それぞれです。
とてもよくある気持ちです。でも、笑うことや楽しむことは、故人への裏切りではありません。悲しみと楽しさは、こころの中に同時にあっていいのです。あなたが元気に過ごすことを、故人が「許さない」と考える理由はどこにもありません。
同じ人を亡くしても、悲しみの表し方は一人ひとり違います。たくさん話したい人、そっとしておいてほしい人、忙しくすることで保っている人——どれも間違いではありません。「悲しみ方が違う=愛情が違う」ではないことを、お互いに知っておくだけでも、すれ違いが減ることがあります。
話す相手も、範囲も、あなたが決めていいことです。全員に話す必要はありませんし、「突然のことで」とだけ伝える選択もあります。話すことで楽になる相手もいれば、話さないほうが安全な場面もあります。迷うときは、診察で一緒に整理することもできます。
年齢に応じた、正直でシンプルな言葉が基本とされています。うそやあいまいなごまかしは、後で分かったときに子どもを混乱させることがあります。ただし、伝え方はご家庭の状況によって大きく異なるデリケートなテーマです。一人で抱えず、ぜひ診察でご相談ください。一緒に考えていきましょう。
どれかに当てはまっても、「大げさかな」とためらわないでください。早めに話していただくほど、支えられることが増えます。
お住まいの地域の「分かち合いの会」は、「自死遺族 分かち合い + お住まいの都道府県名」で検索すると見つかります。診察でお尋ねいただければ、一緒にお探しします。
こんなにつらいのは、
それだけ大切な人だったからです。
悲しみを消す必要はありません。
悲しみとともに生きていく道を、支える方法があります。
一人で抱えず、
あなたのペースで、頼ってくださいね。