〜 感情との付き合い方は、学ぶことができます 〜
パーソナリティ障害は「性格が悪い」のではありません。感情の調節や対人関係のパターンに困難がある状態です。本人も苦しんでいることが多く、適切な治療で改善が見込めます。
約10人に1人が何らかのパーソナリティ障害に該当するとされており、決して珍しいものではありません。「自分だけがおかしい」と感じる必要はありません。
パーソナリティ障害では、感情を司る扁桃体が過活動になりやすいことがわかっています。感情の波が大きいのは「こらえ性がない」のではなく、脳の感情制御の仕組みに違いがあるためです。
生育環境・遺伝的な体質・トラウマ体験など、複数の要因が重なって発症します。「育て方のせい」と単純に言えるものではなく、誰のせいでもありません。
パーソナリティ障害、特に境界性パーソナリティ障害(BPD)では、感情に関わる扁桃体の過活動と、感情を制御する前頭前皮質の活動低下が確認されています(Schulze et al., 2016)。これにより、感情が瞬間的に強く反応しやすく、それを抑える力が弱い状態になっています。
パーソナリティ障害の中でも最も研究が進んでいるのが境界性パーソナリティ障害(BPD)です。治療法も確立されており、回復が十分に期待できます。
些細なきっかけで感情が大きく揺れ動きます。喜びから絶望まで、感情のジェットコースターのように感じることがあります。これは「わがまま」なのではなく、脳の感情制御の問題です。
「嫌われるのではないか」「置いていかれるのではないか」という強い不安を感じます。そのため、相手にしがみついたり、逆に自分から関係を壊してしまうこともあります。
「自分はどんな人間なのか」がわからなくなることがあります。価値観や目標、アイデンティティが揺らぎやすく、空虚感を抱えることも少なくありません。
つらい感情から逃れるために、衝動的な行動(過食、浪費、自傷など)をしてしまうことがあります。これは「やめようと思えばやめられる」ものではなく、圧倒的な感情への対処行動です。
BPDの方の脳では、恐怖や怒りを処理する扁桃体が通常よりも強く反応し、それをコントロールする前頭前皮質の働きが弱いことがfMRI研究で示されています。さらに、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌パターンにも変化が見られ、ストレスへの脆弱性が生物学的に裏付けられています(Herpertz et al., 2001; Nater et al., 2010)。
BPDは「治らない病気」ではありません。適切な治療により、多くの方が回復しています。研究では、10年後に約85%の方がBPDの診断基準を満たさなくなるという報告もあります(Zanarini et al., 2012)。
BPDに最も効果が確かめられている心理療法です。アメリカの心理学者マーシャ・リネハンが、自傷や自殺の危険が高いBPDの方のために開発した認知行動療法の一種です(Linehan, 1993)。
最大の特徴は、「今のあなたをそのまま受け入れること(受容)」と「もっと生きやすく変わること(変化)」という、一見正反対の2つを両立させる姿勢にあります。この“対立するものを統合する”という考え方を弁証法(dialectics)といい、療法名の由来になっています。
「あなたは精一杯やっている。そのうえで、もっと楽になる方法を一緒に練習しよう」——これがDBTの基本のスタンスです。
リネハンは、BPDの感情の不安定さを「生まれ持った感情の敏感さ」×「その気持ちを受け止めてもらえない環境」のかけ合わせで説明しました(生物社会理論/biosocial theory:Linehan, 1993; Crowell et al., 2009)。
感情が人一倍 強く・速く・長く 動く体質の子どもが、まわりから「大げさ」「気にしすぎ」と否定され続けると、感情との付き合い方を学ぶ機会を失い、感情の嵐に飲み込まれやすくなっていきます。
つまり感情の激しさは性格の欠点ではなく、体質と環境の相互作用の結果です。だからこそ、スキルを学び直すことで変えていけます。
DBTでは、次の4つのスキルを順番に練習していきます(Linehan, 2015)。
🧘 マインドフルネス(すべての土台)
「今ここ」を、良い・悪いと判断せずに観察する練習。理性だけでも感情だけでもない、その真ん中の「賢明な心(Wise Mind)」から物事を選べるようになることを目指します。
🌊 苦悩耐性スキル
つらい状況を「これ以上 悪化させずにやり過ごす」ための危機対処です。冷たさ・運動・呼吸などのとっさの対処に加え、変えられない現実と闘うのをやめる「徹底的受容(ラディカル・アクセプタンス)」を学びます。
🎭 感情調節スキル
感情のしくみを理解し、睡眠・食事・運動など体調を整えて、感情に振り回されにくい土台をつくります。不安で逃げたくなるときに、あえて一歩近づいてみる「反対の行動(オポジット・アクション)」も練習します。
🤝 対人関係スキル
「自分の要求」「相手との関係」「自分の自尊心」の3つのバランスをとりながら、頼む・断る・気持ちを伝えるコツを学びます。
きちんとした(包括的な)DBTは、ふつう次の4つを組み合わせ、半年〜1年ほどかけて行います(Linehan, 1993)。
日本では完全な形での実施はまだ限られますが、スキルの一部は外来診療やセルフワークでも取り入れられます。気になる方は主治医にご相談ください。
「自分や相手が何を感じ、なぜそう行動するのか」を理解する力(メンタライゼーション)を高める治療法です。対人関係のトラブルが減り、感情の安定につながります。
幼少期に形成された「生きづらさのパターン(スキーマ)」に気づき、より適応的なパターンに変えていく長期的な心理療法です。根本的な変化を目指します。
BPDそのものを治す薬はありませんが、気分の不安定さ(気分安定薬)やうつ・不安症状(SSRI)に対して補助的に使用することがあります。心理療法と組み合わせて使います。
DBTは、複数のランダム化比較試験で自殺企図・自傷行為を減らし、入院や救急受診も減らすことが示されています(Linehan et al., 1991, 2006)。とくに2006年の試験では、専門家による通常治療と比べて自殺企図がおよそ半分に減りました。メタ分析でも自傷・自殺関連行動に対して効果量 d = 1.29〜1.79という高い効果が確認され(DeCou et al., 2019)、英国NICEガイドラインでもBPDへの心理療法として位置づけられています。
頭で考えるより先に、体を落ち着かせる4つの方法です。
❄️ 冷たさで切り替え:冷たい水で顔を洗う・氷をにぎる
🏃 体を動かす:その場でジャンプなど激しく動く
🌬️ ゆっくり吐く呼吸:吐く息を長くする
💪 ぎゅっと→ふわっと:体に力を入れて、一気にゆるめる
※ 英語の頭文字をとって「TIPP(ティップ)」と呼ばれる方法です。
「この人は最高」↔「この人は最低」のように、極端な評価をしがちなときは、意識的に「グレーゾーン」を探してみましょう。「良いところもあれば、そうでないところもある」——人も物事も、たいていはその間にあります。
「近づきすぎて傷つく」「離れすぎて孤独になる」を繰り返していませんか? 適切な距離感は練習で身につきます。セラピストと一緒に、安全な関係のパターンを少しずつ学んでいきましょう。
感情の動きや出来事を書き留めることで、自分のパターンに気づきやすくなります。「何があったとき」「どんな感情が」「どのくらいの強さで」起きたかを記録してみましょう。振り返ることで、感情のコントロールが少しずつ上手になります。
どんなに激しい感情も、ピークの後は下がっていきます。「この感情は永遠に続くわけではない」と思い出すことが、嵐を乗り越えるコツです。感情の波を「サーフィンする」イメージを持ってみてください。
パーソナリティ障害は、遺伝・脳の特性・環境など複数の要因が複雑に絡み合って発症します。ご家族が「自分の育て方が悪かったのでは」と責める必要はありません。大切なのは、これからどうサポートするかです。
ご本人の感情の波に巻き込まれすぎないことが大切です。「ここまではできるけど、ここからはできない」という境界線を明確にし、一貫した態度で接しましょう。振り回されることは、ご本人のためにもなりません。
ご本人の感情が「大げさ」に見えることがあっても、本人にとっては本物の苦しみです。
パーソナリティ障害のある方の家族は、感情的な消耗が大きくなりがちです。ご家族自身が休む時間を確保し、必要に応じてカウンセリングや家族会を利用することも大切です。ご自身を犠牲にしすぎないでください。
以下に当てはまる場合は、早めの受診をおすすめします:
パーソナリティ障害は治療で改善します。専門的な治療を受けることが回復への第一歩です。