〜 年齢とともに変わる眠りを理解する 〜
「昔のようにぐっすり眠れなくなった」——これは多くの方が感じる変化ですが、その多くは加齢による自然な変化であり、必ずしも病気ではありません。まずは「年齢とともに睡眠がどう変わるか」を正しく理解しましょう。
大規模な研究(Ohayon et al., 2004)によると、80代の方の深い睡眠(徐波睡眠)は20代の約4分の1にまで減少します。これは病気ではなく、正常な加齢変化です。問題は「8時間眠らなければいけない」という思い込みです。実際には眠れない時間を長くベッドで過ごすことがかえって不眠を悪化させることが、多くの研究で示されています。
高齢者の不眠には、加齢以外にもさまざまな原因が重なっていることがあります。睡眠薬に頼る前に、まず原因を整理することが大切です。
腰痛・関節痛などの慢性的な痛み、夜間頻尿、睡眠時無呼吸症候群、むずむず脚症候群(脚がムズムズして眠れない)など、身体の症状が睡眠を妨げていることがあります。
うつ病や不安障害は不眠の大きな原因です。認知症に伴う昼夜逆転や睡眠・覚醒リズムの乱れも多く見られます。孤独感や喪失体験も影響します。
ステロイド剤、利尿薬(夜間の排尿が増える)、一部の降圧薬、カフェインを含む薬剤など、日常的に服用している薬が不眠の原因になっていることがあります。
日中の活動量の低下、長すぎる昼寝、テレビをつけたまま居眠り、寝室の明るさ・温度・騒音など、生活環境が睡眠に影響していることがあります。
まずは「治せる原因」がないか確認しましょう。痛みの管理、頻尿の治療、薬の見直し、睡眠時無呼吸の検査など、原因に対処することで不眠が改善するケースは多くあります。睡眠薬はそれらを試した上での選択肢です。
睡眠衛生とは、良い睡眠のための生活習慣や環境のことです。薬に頼らずに睡眠を改善するための、具体的な方法をご紹介します。
「眠れないのにベッドにいる時間」を減らしましょう。実際に眠れている時間+30分程度を目安に、ベッドにいる時間を設定します。
眠くなるまでベッドに入らないこと。横になって20分経っても眠れなければ、一度起き上がって別の部屋へ行き、眠気が来たら戻りましょう。
平日・休日にかかわらず、毎日同じ時間に起きることが最も効果的な体内時計の調整法です。前の晩に眠れなかったとしても、朝は決めた時間に起きましょう。
就寝時間よりも起床時間を固定することが大切です。体内時計がリセットされ、夜になると自然に眠気が訪れるリズムが整います。
朝起きたら30分以上、太陽の光を浴びましょう。光は体内時計をリセットし、夜のメラトニン(眠りのホルモン)分泌を促します。
曇りの日でも屋外の光は室内の何倍も明るいため、散歩やベランダで過ごすだけで十分です。特に冬季は日照時間が短いので、意識的に光を浴びるようにしましょう。
散歩、体操、園芸、買い物など、無理のない範囲で日中の身体活動を増やしましょう。午後の早い時間に30分程度の軽い運動が、夜の睡眠の質を高めるのに理想的です。
ただし、就寝直前の激しい運動は逆効果になることがあります。夕方までに済ませるのがポイントです。
日中にどうしても眠い場合は、短い昼寝は効果的です。ただし、午後3時以降の昼寝は夜の睡眠を妨げます。
アラームをセットして15〜20分で切り上げる習慣をつけましょう。横になるより、椅子に座ったままの「うたた寝」のほうが深く眠りすぎず、起きやすいのでおすすめです。
カフェインは午後2時以降は避けましょう。コーヒーだけでなく、緑茶・ほうじ茶・紅茶にもカフェインが含まれています。高齢者はカフェインの代謝が遅くなるため、影響が長引きやすい点にも注意が必要です。
アルコール(寝酒)は入眠を一時的に助けますが、中途覚醒を増やし、睡眠の質を大幅に悪化させます。「寝酒がないと眠れない」という状態は依存のサインです。
快適な睡眠のための寝室環境の目安です。
ぬるめのお風呂(38〜40℃)を就寝1〜2時間前に入りましょう。入浴で上がった深部体温が下がるときに、自然な眠気が訪れます。
腹式呼吸(お腹を膨らませてゆっくり吐く)や漸進的筋弛緩法(体の各部位に力を入れて抜く)も効果的です。
心配事が頭から離れない場合は、「心配ノート」に書き出して寝室に持ち込まないようにしましょう。「書いたから明日考えよう」と脳に区切りをつけることがポイントです。
不眠の治療において、まず試すべきは上記の睡眠衛生指導や認知行動療法(CBT-I)などの非薬物療法です。薬はそれらを補う形で、必要最小限に使うことが大切です。
従来よく処方されてきたベンゾジアゼピン系(トリアゾラム、ニトラゼパムなど)や非ベンゾジアゼピン系(ゾルピデムなど)の睡眠薬は、高齢者では以下のリスクがあります。
→ 高齢者では極力避けることが推奨されています。
いずれの薬も、「漫然と飲み続ける」ことは避け、定期的に主治医と必要性を見直しましょう。睡眠が改善してきたら、少しずつ減量・中止を検討します。
米国老年医学会のBeers criteria(高齢者に不適切な薬のリスト)では、ベンゾジアゼピン系薬剤は「避けるべき薬」に分類されています。日本老年医学会の「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」でも、ベンゾジアゼピン系睡眠薬は「特に慎重な投与を要する薬物」とされており、可能な限り使用を控えるよう推奨されています。
睡眠日誌をつけると、自分の睡眠パターンが見えてきます。2週間記録すると、主治医が治療方針を立てやすくなります。完璧に記録する必要はありません。おおよそで構いませんので、毎朝つける習慣をつけましょう。
| 項目 | 記録の例 |
|---|---|
| 就寝時刻 | ベッドに入った時刻(例:22:30) |
| 入眠時刻 | 実際に眠りについた時刻(おおよそで可)(例:23:00頃) |
| 中途覚醒 | 夜中に目が覚めた回数と大体の時刻(例:2回、1時・4時頃) |
| 起床時刻 | 朝、最終的に起き上がった時刻(例:6:00) |
| 日中の眠気 | なし / 少し / かなり強い、の3段階 |
| 昼寝 | 昼寝の有無と時間(例:13時〜13:20) |
枕元にメモ帳とペンを置いておくか、ご家族に手伝ってもらうのもよい方法です。正確な時刻がわからなくても「だいたいこのくらい」で十分です。
より詳しい睡眠のワークシートはこちらのページでもご紹介しています。印刷してお使いいただけます。
高齢のご家族の不眠を心配するあまり、つい「早く寝なさい」「もう寝る時間だよ」と声をかけてしまうことがあるかもしれません。しかし、眠くないのに寝ることを強いられるのは本人にとってストレスになり、かえって不眠を悪化させることがあります。
睡眠衛生を2〜3週間実践しても改善しない場合、強い日中の眠気が続く場合、いびきや呼吸の停止が見られる場合、気分の落ち込みが続く場合は、治療が必要な疾患(睡眠時無呼吸症候群、うつ病、レストレスレッグス症候群など)の可能性があります。「年のせい」と片づけず、一度ご相談ください。
この資料の内容は以下の文献・ガイドラインに基づいています。