〜 「やめられない」には理由がある 〜
アルコール依存症(アルコール使用障害)は、飲酒のコントロールが困難になり、飲酒を続けることで心身や社会生活に重大な問題が生じているにもかかわらず、飲酒を止められない状態です。
ICD-11(WHO, 2019)では「アルコール依存症候群」、DSM-5-TR(APA, 2022)では「アルコール使用障害」と分類されます。「意志が弱い」「だらしない」のではなく、脳の報酬系の機能が変化した結果として起こる、れっきとした病気です。
日本におけるアルコール依存症の推定患者数は約80〜110万人(厚生労働省, 2019)。しかし治療を受けているのはわずか約5万人で、大多数が未治療のままです。
生涯有病率は男性で約7%、女性で約1.5%(Osaki et al., 2016)。近年は女性の飲酒量増加に伴い、女性の依存症も増加傾向にあります。女性はアルコールの代謝能力が低いため、男性より少量・短期間で依存症に至る傾向があります。
厚生労働省が示す「節度ある適度な飲酒」は、1日あたり純アルコール約20gです。以下は純アルコール20gに相当する量です。
| お酒の種類 | 量(約20g) |
|---|---|
| ビール(5%) | 中瓶1本(500ml) |
| 日本酒(15%) | 1合(180ml) |
| 焼酎(25%) | 0.6合(約110ml) |
| ワイン(12%) | グラス2杯弱(約200ml) |
| ウイスキー(43%) | ダブル1杯(約60ml) |
| 缶チューハイ(7%) | 1缶(350ml) |
※女性・高齢者・お酒に弱い方は、この半分以下が目安とされています。
アルコールは脳の報酬系(中脳辺縁ドパミン系)に作用し、快感物質であるドパミンの分泌を急激に増加させます。この「気持ちいい」体験を脳が強く記憶し、繰り返し求めるようになります。
繰り返し飲酒すると、脳は以下のように適応(変化)します。
現代の脳科学研究では、依存症は「脳の慢性疾患」として理解されています(NIDA, 2020; Volkow et al., 2016)。高血圧や糖尿病と同様に、適切な治療と自己管理によって回復が可能な病気です。「意志の弱さ」や「性格の問題」ではありません。
依存症者の脳画像研究では、前頭前皮質(判断・制御を司る領域)の活動低下と、報酬系の過敏化が一貫して確認されています。
以下の要因が重なると、依存症になるリスクが高まります。
遺伝的要因は全体の約40〜60%を占めるとされています(Edenberg & Foroud, 2013)。「お酒に強い」ことは保護因子ではなく、むしろ大量飲酒のリスクとなります。
アルコール依存症は通常、段階的に進行します。早期に気づくほど、回復もしやすくなります。
長期間の大量飲酒後に突然断酒すると、命に関わる離脱症状が出ることがあります。自己判断で急に断酒するのは危険です。必ず医療機関の管理のもとで行ってください。
手指の震え、発汗、不安、不眠、吐き気、頻脈、軽度の興奮
離脱症状が最も強くなる時期。幻覚(幻視・幻聴)、けいれん発作が起こることがある
重症例では振戦せん妄(DT)が出現。意識混濁、著しい興奮、生命を脅かす高熱・頻脈。未治療の場合、致死率は最大15%
急性期の離脱症状は消退。ただし不眠、不安、抑うつなどの遷延性離脱症状(PAWS)が数ヶ月〜1年続くことがある
嬉しいことに、断酒すると多くの身体的ダメージは回復に向かいます。肝臓の脂肪肝は数週間〜数ヶ月で改善し、血圧も正常化に向かいます。脳の認知機能も、断酒後数ヶ月〜1年で有意な改善が報告されています(Stavro et al., 2013)。ただし、肝硬変など不可逆的な段階に進む前に治療を始めることが重要です。
WHOが開発した世界で最も広く使われている飲酒スクリーニングテストです。以下のような質問で飲酒問題のリスクを評価します。
📌 スコアの目安:8点以上で「問題飲酒」、15点以上で「アルコール依存症の疑い」とされます。気になる方は、主治医にAUDITの実施を相談してみてください。
4つの質問中2つ以上「はい」がある場合、アルコール問題のリスクが示唆されます。
アルコール依存症の治療は段階的に進みます。入院が必要な場合と、外来で可能な場合があります。
安全に断酒を開始するための最初のステップ。重症の場合は入院で行います。
断酒を継続し、回復の基盤を作る段階。入院または通院で行います。
日常生活に戻りながら、断酒を維持する長期的な取り組み。
ジスルフィラム(ノックビン)やシアナミド(シアナマイド)は、アルコール代謝を阻害し、飲酒すると不快な症状(顔面紅潮、頭痛、嘔吐、動悸)が出るようにする薬です。
アカンプロサート(レグテクト)は、脳内のグルタミン酸系に作用し、飲酒欲求(渇望)そのものを減少させる薬です。日本で2013年に承認されました。
ナルメフェン(セリンクロ)は2019年に日本で承認された新しい薬で、飲酒量を減らすことを目的とします。「断酒」ではなく「減酒」というアプローチが可能になりました。
飲酒の引き金となる状況・思考パターンを特定し、それに対処するスキルを身につけます。
変化への内発的動機づけを引き出すカウンセリング技法です。特に「まだ治療する気はない」段階の方に有効です。
同じ問題を持つ仲間との分かち合いが、断酒の継続に非常に大きな力となります。
自助グループへの定期的な参加は、断酒率を約2倍に向上させるというエビデンスがあります(Kelly et al., 2020)。
アルコール依存症における再発(再飲酒)は非常に一般的であり、回復プロセスの一部と考えられています。断酒後1年以内の再飲酒率は約40〜60%とされています。
大切なのは、再飲酒を「失敗」として自分を責めるのではなく、「学びの機会」として捉えることです。「何がきっかけだったのか」を振り返り、次に活かすことが回復につながります。
断酒を続けることで、多くの方が以下のような変化を実感しています。
アルコール依存症は「家族の病気」とも言われます。家族は本人以上に苦しんでいることが少なくありません。怒り、悲しみ、罪悪感、無力感 — さまざまな感情の中で疲弊しています。
まず知っていただきたいのは、あなたのせいではないということ。そしてあなた自身のケアが最も大切だということです。
気になることがあれば、主治医にも相談してみてくださいね