〜 マスキング(カモフラージュ)— 外すより、選べるようになる 〜
ひとつでも思い当たるなら、あなたは毎日、見えないところで大きな力を使っているのかもしれません。それは、怠けや甘えとは正反対のことです。
マスキング(カモフラージュ、擬態とも呼ばれます)は、まわりから浮かないように、本来の反応や感じ方を隠したり、別のふるまいで補ったりし続けることです。もとは自閉スペクトラムの方の体験として研究されてきましたが、いまはもっと広く使われる言葉になっています。
研究者たちは、マスキングをおおまかに3つの形に整理しています(Hull ら, 2017・2019)。
自分の自然な反応を、目立たないように抑えます。苦手でも視線を合わせ続ける、手や体の癖を止める、まぶしさや音のつらさを顔に出さない、好きな話題を我慢する——などです。
苦手な部分を、別の努力で埋め合わせます。雑談の台本を用意しておく、人を観察して「こういうときはこう返す」というルールを作る、表情を鏡で練習する、忘れないように何度も確認する——などです。
場に合う「キャラ」を演じて、溶けこもうとします。興味のないことに興味があるふりをする、相手に合わせて笑う、場によって話し方や性格まで変える——などです。
長く続けていると、マスキングは「頑張ってやっていること」ではなく、自動で動くものになります。「自分は何も無理していない」と感じていても、疲れ方を見ると、裏で力を使っていることがわかる——そういう方は少なくありません。
面接で敬語を使う、初対面で少し愛想よくする——外向けの顔は、誰でも使っています。それ自体は、社会で暮らすための自然な技術です。違いが出るのは、次の4つです。
| 見るところ | 「よそゆき」 | 負担の大きいマスキング |
|---|---|---|
| 長さ | 面接や式典など、限られた時間 | 起きているあいだ、ほぼずっと |
| 自動さ | 意識して切り替えている | 気づかないうちに動いている |
| 選べるか | 外そうと思えば外せる | 外すと何が起きるか怖くて、外せない |
| あとの代金 | 少し疲れても、一晩で戻る | 寝込む、動けない、何日も戻らない |
うまくできているかどうかは、外からはわかりません。見てほしいのは、やったあと、どれだけ回復に時間がかかっているかです。
叱られた、からかわれた、「変わってるね」と言われた、輪から外された——そういう経験のあとで、同じことが起きないように身につけた工夫であることがほとんどです。
ですから、マスキングは悪い癖ではありません。これまであなたを守ってきた、立派な技術です。ここで話したいのは「やめましょう」ではなく、「使いすぎていないか、一緒に点検しましょう」ということです。
マスキングが上手な方ほど、まわりからは困っていないように見えます。そのため、配慮や支援が遅れやすく、本人も「これくらいできて当たり前」と思って限界まで続けてしまいがちです。
自閉スペクトラムの研究では、女性や、大人になってから受診した方にマスキングが多い傾向が報告されています。子どもの頃に気づかれなかった理由のひとつと考えられています。
帰宅後や休日が、回復だけで終わってしまいます。好きなことをする余力が残りません。
相手に合わせ続けるうちに、自分は本当は何が好きで、何がいやなのかが見えにくくなります。
困りごとが見えないので、相談や支援につながるのが遅れます。
うつ、不安、燃え尽き(バーンアウト)につながることがあります。
自閉スペクトラムの大人を対象にした調査では、マスキングが多い人ほど、気分の落ち込みや「消えてしまいたい」という気持ちを経験しやすいという関連が報告されています(Cassidy ら, 2018 など)。
これは「関連がある」という意味で、マスキングをしている人が必ずそうなるわけではありません。ただ、疲れが限界に近いサインとして、大切に扱ってほしいということです。
その気持ちは、あなたが弱いからではなく、それだけ長く無理を続けてきたから出てくることがあります。ひとりで抱えずに、診察で話してください。いまつらいときは、「死にたい気持ちが消えないあなたへ」のページも開いてみてください。
長いマスキングのあとに起きる深い疲れ(自閉症バーンアウト)については、ASDを知ろうのページにくわしくまとめています。
「マスキングしている気がする。だから自分はASDなのでは」と考えて受診される方もいらっしゃいます。けれども、似た「合わせ続ける」ふるまいは、いろいろな背景から生まれます。
| 背景 | 合わせ続ける理由として多いもの |
|---|---|
| 自閉スペクトラム | 人づきあいの暗黙のルールや感覚の違いを、努力で埋めている |
| ADHD | 忘れ物や遅刻を隠すために、確認や前倒しを重ねている |
| 社交不安 | 変に思われること、評価されることが怖い |
| トラウマ・つらい環境 | 相手の機嫌を先に読んでおかないと、安全でなかった |
| 「いい子」として育った | 期待に応えることで、居場所を保ってきた |
| 繊細さ(HSPと呼ばれるもの) | 刺激や人の感情を強く受け取り、場を荒立てないようにしている |
社交不安なら不安への治療、トラウマなら安全の回復、発達特性なら環境調整——同じように見えるマスキングでも、楽になる道筋は違います。いくつかが重なっていることもよくあります。
どれに当てはまるかを、ひとりで決める必要はありません。診察で、子どもの頃からの様子や、どんな場面で疲れるのかをうかがいながら、一緒に見ていきます。
マスキングをいきなり全部やめると、職場や学校で困ることもありますし、何より怖いものです。目指したいのは、「ここでは厚め、ここでは薄め、ここでは外せる」を自分で選べる状態です。
面接、取引先、初めての場所。時間を区切って使えば、マスクは役に立つ道具です。
職場や学校の、いつもの時間。ひとつだけ力を抜けるところを探します。
ここでは素のままで大丈夫です。この場所があることが、ほかの場所で頑張れる土台になります。
どの場面で、どんなマスクをつけて、どれくらい疲れているのか。マスクの棚卸しワークで、ひとつずつ仕分けてみることができます。書いたものは、診察に持ってきていただけます。
先生からは「学校では何も問題ありませんよ」と言われるのに、帰宅すると泣く、怒る、何もできない——保護者の方からよくうかがうご相談です。
学校で一日マスクをつけ続けた子が、安心できる家に帰ってきて、ようやく外せた状態であることが少なくありません。家で荒れることは、家が安全な場所だというしるしでもあります。
「普通に見えるけど?」「そんなに疲れているようには見えない」——悪気がなくても、この言葉は、本人がさらにマスクを厚くするきっかけになります。
疲れて見えないことは、疲れていないことではありません。本人の「疲れた」を、そのまま信じてもらえるだけで、ずいぶん楽になります。
診察では、診断名をつけることよりも先に、いまの疲れを減らすことと、どこで無理をしているのかを一緒に見つけることを大切にしています。