〜 注意力・記憶力・段取り力を取り戻す 〜
認知機能とは、情報を受け取り、処理し、使う力のことです。日常生活のあらゆる場面で使っている、いわば「脳の基本的な働き」です。
必要なことに集中し、気が散るものを無視する力。本を読む、話を聞く、作業を続けるときに使います。
情報を覚えて、必要なときに思い出す力。買い物リスト、人の名前、約束の時間を覚えるときに使います。
計画を立て、順序よく実行し、臨機応変に対応する力。料理の手順、予定の管理、優先順位の判断に使います。
情報を素早く正確に処理する力。会話のテンポについていく、仕事を時間内に終えるときに使います。
統合失調症の方の約85%に、何らかの認知機能の低下が見られるとされています。幻聴や妄想のように目立つ症状ではありませんが、就労や日常生活の質に最も大きく影響するのが認知機能の問題です。
これらは「怠けている」のではなく、認知機能の低下という脳の症状です。そして、トレーニングで改善できる可能性があります。
統合失調症では、思考や計画を担当する前頭前皮質のドーパミンが不足しがちです。また、脳の情報処理ネットワーク全体の連携効率が低下することがわかっています。しかし脳には「可塑性」(かそせい)——つまり練習によって回路を再構築する力があり、適切なトレーニングで機能を改善できることが研究で示されています。
認知機能リハビリテーション(Cognitive Remediation: CR)は、認知機能を「練習」によって改善するプログラムです。筋トレで筋肉が鍛えられるように、脳も適切なトレーニングで機能が向上します。
専用のソフトウェアを使って、注意力・記憶力・処理速度などを段階的に鍛えます。ゲーム感覚で取り組めるものが多く、難易度は自分のペースに合わせて調整されます。
「トレーニングで気づいたこと」を仲間と話し合います。「自分だけじゃない」とわかること、他の人の工夫を学べることが大きな力になります。
トレーニングで得たスキルを、買い物・料理・仕事などの実生活の場面で実践します。これが最も重要なステップです。練習だけでなく、生活の中で使えるようにすることが目標です。
Wykes et al.(2011)のメタ分析では、CRにより注意力、記憶、問題解決能力が有意に改善することが確認されています。さらに、社会生活技能訓練(SST)や就労支援と組み合わせると、社会機能や就労率の改善にもつながることが示されています。効果は中等度(d=0.45)で、プログラム終了後も持続する傾向があります。
NEAR(Neuropsychological Educational Approach to Remediation)は、CRの代表的なプログラムです。「楽しさ」と「内発的動機づけ」を重視し、本人が「やりたい」と思える形でトレーニングを進めます。日本でもデイケアや就労支援施設で導入が進んでいます。
専門プログラムに参加できなくても、日常生活の中で認知機能を鍛えることができます。大切なのは「無理なく」「毎日少しずつ」「楽しめる範囲で」続けることです。
1日5分でも構いません。「今日はこれだけやった」という小さな達成感を積み重ねることが、回復への確かな一歩になります。調子の悪い日は休んでOK。完璧を目指すのではなく、「だいたいできた」で十分です。
認知機能を「鍛える」だけでなく、日常生活の中で外部のサポートツールを上手に使うことも大切です。「道具を使うことは、ずるいことではありません」——メガネをかけるのと同じです。
薬の時間、約束、やるべきことをスマホのアラームで通知。「覚えておく」という負担を脳から外す。
小さなメモ帳を常に持ち歩く。聞いたこと・思いついたことはすぐ書く。スマホのメモアプリでもOK。
予定は一箇所にまとめる。壁掛けカレンダーとスマホの両方に書くと安心。
朝のルーティン、外出の持ち物、料理の手順など、繰り返す作業はリスト化。終わったらチェックを入れる達成感も大切。
物の置き場所を決めてラベルを貼る。「探す」ストレスを減らすことで、脳の負担が軽くなります。
いいえ、改善の可能性があります。脳には可塑性(かそせい)——練習によって回路を再構築する力があります。CRプログラムの研究では、注意力・記憶力・問題解決能力の改善が多数報告されています。回復のスピードは個人差がありますが、あきらめる必要はありません。
CRは薬物療法の代わりではなく、補完するものです。薬は陽性症状(幻聴・妄想)に効果が高いですが、認知機能には限定的です。CRは薬が届きにくい認知機能を改善することで、薬物療法と合わせてより幅広い回復を支えます。
Section 04で紹介した「日常でできるトレーニング」は、自宅でも取り組めます。また、ワークシートを活用して記録をつけながら進めると効果的です。ポモドーロタイマーなどのツールも併用してみてください。主治医やデイケアのスタッフに相談すると、お住まいの地域で利用できるプログラムを紹介してもらえることもあります。
「できないこと」を指摘するのではなく、「工夫してできたこと」を認めることが大切です。メモやリマインダーの活用を一緒に考えたり、チェックリストを一緒に作ったりするのも効果的です。焦らず、本人のペースを尊重しましょう。