昔から、生きたいと
思ったことがないあなたへ
ずっと、
「いつ死んでもいい」と思って
生きてきましたか。
「死にたい」というより、
「生きたくない」。
「生きていたい」と思ったことが、
そもそもない。
これが、
自分にとっての普通の感覚。
そんなあなたへ。
まず、伝えたいこと
このページを開いてくれて、
ありがとうございます。
「治してあげます」とは、
言いません。
「生きたいと思えるようになりますよ」とも、
言いません。
そういう言葉は、たぶん、
あなたには届かないと、思っています。
ただ、
同じ感覚を持って生きている人が、
他にもいるということだけは、
伝えておきたかった。
あなたは、一人ではありません
「生まれた時から、生きたくなかった」
「物心ついた時には、いつ死んでもいいと思っていた」
「『普通の人は生きたいと思うらしい』と、後から知った」
そういう感覚を持って生きている人は、
意外と、たくさんいます。
ただ、
人前では話せないので、
見えないだけ。
「生きたい」が普通だとされている世界で、
「生きたくない」を抱えて生きるのは、
それだけで疲れることです。
「生きていたい」と「生きていてもいい」は違う
「生きていたい」と思える人もいます。
「生きていたい」と思えない人もいます。
その違いは、
性格でも努力でもなく、
生まれつきの感覚や、
育ってきた環境や、
脳の特性や、
これまでの経験の積み重ねから来ます。
「生きていたい」と思えなくても、
「生きていてもいい」と
思えるなら、
それで十分かもしれません。
「生きていたい」を目標にしなくていい。
「生きていてもいい」で、生きていける。
背景にあるかもしれないこと
「昔から生きたいと思ったことがない」感覚は、
背景にこんなことがあることがあります。
- 幼少期の愛着の問題
- 長期にわたる慢性うつ
- 複雑性PTSD
- 発達特性(ASDなど)
- 解離傾向
- 幼少期の喪失体験
- 「生まれた時から望まれていなかった」感覚
これらは、
あなたのせいではありません。
そして、
これらの背景があるからといって、
「治さなければならない」わけでもありません。
ただ、
背景を知ることで、
自分を責めなくて済むかもしれません。
「治す」ことを目標にしなくていい
精神科や心療内科に行くと、
「治療」を勧められることがあります。
それを受けるかどうかは、
あなたが決めていいです。
「治したい」と思うなら、受けてもいい。
「治したいとは思わない」なら、受けなくていい。
「いつ死んでもいい」と思いながら、
長く生きている人が、たくさんいます。
その人たちは、
「治った」のではなく、
「付き合い方を見つけた」のです。
付き合い方を見つけるヒント
「生きたいと思えない」を抱えながら
生きている人たちの工夫:
「生きたいと思える日が来る」と期待しない。期待しないと、裏切られない。「来たらラッキー」くらいで十分。
人生全体に意味を求めない。今日の昼ごはん、明日の朝の空気、それくらいの単位で生きる。
「いつ死んでもいい」を消そうとしない。消そうとすると、苦しくなる。抱えたまま、今日を過ごす。
同じ感覚を持つ人と話せる場所を持つ。リアルでもオンラインでもいい。「私だけじゃない」が、生きやすさになる。
「普通の人」のペースに合わせない。社会の期待から離れる。自分が生き延びられるペースで、生きる。
「生きる責任」「家族の期待」を手放す。あなたは、誰かのために生きているのではない。
専門家に話す、という選択肢
「治してほしい」のではなく、
「聞いてほしい」だけでも、
専門家に話す価値はあります。
「ずっと生きたいと思ったことがなくて、
でも治したいわけではないんですけど、
話を聞いてほしくて」
と、そのまま伝えていいです。
精神科医・カウンセラーの中には、
「治す」より「伴走する」ことを
大事にしている人もいます。
合う人に出会うまで、
何回か試してみてもいいかもしれません。
合わなかったら、
変えてもいい。
やめてもいい。
それは、あなたの自由です。
「いつ死んでもいい」を抱えた、長期戦
「生きたいと思えない」を抱えた人生は、
長期戦です。
一気に変わることはありません。
でも、少しずつ、
「生きていてもいい」と思える瞬間が、
増えていくことがあります。
- 好きな本を読んでいる時間
- 好きな音楽を聴いている時間
- 好きな人(動物)と一緒にいる時間
- 美味しいものを食べた瞬間
- 季節の変わり目の空気
- 誰にも会わない一人の時間
そういう、
「生きていてもいい」と思える瞬間を、
少しずつ集めていく。
人生全体を肯定しなくていい。
今日のこの瞬間を、
否定しないだけでいい。
それでも、苦しい時は
「いつ死んでもいい」が、
「今すぐ死にたい」に
変わってしまったときは、
別の対応が必要です。
そういう時は、
このページに戻らずに、
別のページを開いてください。
「いつ死んでもいい」と
「今すぐ死にたい」は、別物です。
切り替わりに、気づいてください。
「昔から生きたいと思ったことがない」あなたが、
今日も生きている。
それは、
すごいことです。
「生きたい」と思えないまま、
何年も、何十年も、生きてきた。
それは、
強さではないかもしれない。
諦めかもしれない。
慣性かもしれない。
でも、
何であれ、
あなたは今日もここにいて、
このページを読んでいる。
それでいいです。
明日、また、
同じように、
「いつ死んでもいい」と思いながら、
過ごしてください。
それを、私は否定しません。