いっそ死ねたら、と
思っているあなたへ
「事故で死ねたらいいな」
「眠るように死ねたら」
「病気で死ねたら」
「明日、目が覚めなかったらいいのに」
そう思ったこと、ありますか?
「自分から死ぬ気はない」
「でも、生きていたいわけでもない」
その気持ち、わかります。
これは「希死念慮」と言われるもの
「自分から死ぬ気はないから、
自分は希死念慮じゃない」
と思っている人が、たくさんいます。
でも、これは、
医学的には「消極的希死念慮」と呼ばれる
立派な希死念慮の一つです。
「自分は大丈夫」と思っているうちに、
だんだん深くなっていくこともあります。
だから、
気づいているあなたは、
それだけで、すでに対処を始めています。
「死にたい」と「生きていたくない」は違う
「死にたい」は、
能動的に死を求める気持ち。
「生きていたくない」は、
生きることへの疲れや意味の喪失。
あなたが今、近いのはどっちですか?
「生きていたくない」だとしたら、
それは「生きること」が
重すぎるサインかもしれません。
生きていることを軽くする方法を、
一緒に探してみませんか。
生きることが重すぎる、を分解する
「生きていたくない」の中には、
たくさんの「重さ」が詰まっています。
- 毎日が同じことの繰り返しでつらい
- 誰も自分のことをわかってくれない
- 期待に応えるのに疲れた
- 自分の役割を演じるのがしんどい
- 楽しいことが何もない
- 将来に希望が持てない
- 人と関わるのが疲れる
- 存在しているだけで疲れる
あなたの「重さ」は、どれに近いですか?
「重さ」が見えると、
何を軽くすればいいかが、見えてきます。
役割を降りていい
「いっそ死ねたら」と思う人の多くは、
「降りられない役割」を抱えています。
- ちゃんとした学生でいなきゃ
- 期待される子どもでいなきゃ
- 優しい人でいなきゃ
- 頑張る人でいなきゃ
- ちゃんとした大人でいなきゃ
死ぬくらいなら、
役割を降りていいです。
「ちゃんとしている自分」を、
今日、一日だけ、降りてみてください。
学校を休んでもいい。
返信しなくてもいい。
笑わなくてもいい。
頑張らなくてもいい。
降りても、世界は意外と回ります。
「死ねたら」を翻訳してみる
「いっそ死ねたら」を、
他の言葉に翻訳すると、
別の答えが見えてくることがあります。
- 「死ねたら」→「この場所から離れたい」
- 「死ねたら」→「この役割を降りたい」
- 「死ねたら」→「ただ眠りたい」
- 「死ねたら」→「誰にも会いたくない時間がほしい」
- 「死ねたら」→「この期待から自由になりたい」
- 「死ねたら」→「全部リセットしたい」
翻訳できたら、
「死」以外の方法で、
それを叶える道があるかもしれません。
気をつけてほしいこと
「いっそ死ねたら」と思っている人は、
リスクのある行動を取りやすくなることがあります。
- 無理な無茶をする
- 危険を顧みない
- 健康管理を放棄する
- お酒や薬を過剰摂取する
- 体調が悪くても病院に行かない
「死にたい」とは違うけど、
結果的に命を縮める行動を、
自分でも気づかずにしていることがあります。
「いっそ」を抱えているあなたは、
自分の身を守る選択を意識してみてください。
それは、生きるためではなく、
苦しまないためでも、いいです。
専門家に話してもいい
「自分は希死念慮じゃないから、
病院に行くほどじゃない」
と思っているかもしれません。
でも、「いっそ死ねたら」が続いているなら、
それは話してみる価値があります。
精神科・心療内科の医師に、
「いっそ死ねたら、と思うことがあって」
と伝えてみてください。
「希死念慮があります」と言わなくていい。
あなたの言葉のままで、伝わります。
「いっそ死ねたら」は、
「生きるのが重い」のサインです。
「死にたい」より前の段階で、
気づけているあなたは、
自分を守る側にいます。
重さを少しずつ降ろしていく方法を、
一緒に探していきましょう。