不安は、なくそうとするほど大きくなります。
このページでは、波が来たときにできることと、
昔から人が続けてきた「祈る」という営みのはたらきをお話しします。
不安の相談でいちばん多いのが、「どうすればこの不安を消せますか」というご質問です。お気持ちはとてもよくわかります。けれど、正直にお伝えすると——不安を完全に消す方法は、ありません。
不安は、こころの故障ではなく、危険から身を守るために備わった機能だからです。火災報知器を取り外せば警報音は止まりますが、火事にも気づけなくなります。私たちが目指すのは報知器の撤去ではなく、少し敏感すぎる感度を調整すること、そして鳴っているあいだも自分の生活を続けられるようになることです。
こんなことに、心当たりはありませんか。
これらはどれも、その場の不安を確実に下げてくれます。だからこそ、やめられません。ところが、下がるのはその場だけ。長い目で見ると、脳は「避けたから助かった」と学習してしまい、次に同じ場面が来たときの不安はもっと大きくなります。
つまり不安を大きく育てているのは、不安そのものよりも「不安を消すためにやっていること」のほうなのです。乗り越え方は、ここをほどくところから始まります。
強い不安の波は、多くの場合数分から数十分でピークを越えます。この時間をやり過ごすことが目標です。「消す」のではなく「一緒に待つ」つもりで。
吸う息より吐く息を長くするのがコツです(例: 4秒吸って、6〜8秒かけて吐く)。吐く息は体のブレーキ役の神経を働かせ、動悸や息苦しさをやわらげます。深く吸い込みすぎると逆に苦しくなるので、吸うのは控えめに。
不安は未来の想像の中で膨らみます。見えるもの5つ、聞こえる音4つ、触れられるもの3つ……と数えて、注意を頭の中から体の外へ移します。手を洗う、冷たいものを握る、足の裏を床につけるのも同じ効果があります。
避ける・確かめる行動を、すぐにではなく10分あとにすると決めます。禁止ではなく先送りなので取り組みやすく、そのあいだに波が引くことも少なくありません。「やらずに済んだ」経験が、次のお守りになります。
その場しのぎだけでは縄張りは縮みません。落ち着いている日にこそ、少しずつ積み上げます。
不安なとき、頭に浮かぶのはたいてい予想です。「失敗するに違いない」「見捨てられる」。これを事実と切り分け、「これまで何回そうなった?」「別の可能性は?」と問い直す練習が、認知行動療法(CBT)の中心です。
いきなり苦手のど真ん中に飛び込む必要はありません。不安の強さを0〜100で並べ、40くらいのところから始めます。大事なのは、不安が下がるまでその場にとどまること。途中で逃げると、悪循環を強めてしまいます。これが「不安の階段(曝露)」です。
睡眠不足・カフェインのとりすぎ・アルコール・運動不足は、どれも翌日の不安を確実に底上げします。とくにお酒は、その晩は楽になっても、抜けるときに不安を強める働きがあります。「不安が強い時期はお酒を控える」だけで、体感が変わる方は多いです。
心配ごとを一日中考えるのではなく、「夕方の15分だけ心配タイム」と決めて、それ以外の時間に浮かんだらメモして先送りします。心配を禁止するのではなく、置き場所を与えるという発想です。
検査の結果を待つとき。大切な人が手術室に入るとき。どうにもならないことの前に立たされたとき——人は、なぜか手を合わせます。神社の前で、仏壇の前で、あるいは誰にともなく。信仰の有無にかかわらず、この振る舞いは世界中のあらゆる文化に見られます。
精神科の立場からこれを見ると、祈りは「どうにもならないこと」に向き合うために人類が長い時間をかけて磨いてきた、こころの技法のように見えます。実際、祈りのなかには、私たちが治療で使う技法とよく似た要素がいくつも含まれています。
祈りは、ぼんやりした不安を「〜でありますように」という言葉に変換する作業です。言葉にならない不安がいちばん扱いにくいもの。輪郭がつくだけで、こころは少し落ち着きます。
祈りとは、「自分にできることは、もうやった」と認めることでもあります。不安の多くは、コントロールできないものをコントロールしようとする力みから生まれます。祈りはその力みを、自分より大きな何か——神仏でも、自然でも、運命でも、時間でもかまいません——にあずける動作です。
祈るとき、人は必ず誰かに向かって語りかけています。亡くなった家族かもしれないし、名前のない大きなものかもしれません。「聞いてくれている誰かがいる」という感覚は、孤立を減らし、不安をやわらげます。孤独は不安の最大の燃料です。
目を閉じる、手を合わせる、ゆっくり同じ言葉を繰り返す。祈りの所作は、呼吸を深くゆっくりにし、注意を一点に集めるという点で、瞑想やマインドフルネスとほとんど同じことをしています。所作そのものに、体を静める働きがあります。
多くの祈りには、願いだけでなく「ありがとう」が含まれます。不安でいっぱいのとき、注意は失うかもしれないものだけに向いています。感謝は、すでに手の中にあるものへ視線を戻してくれます。
「祈り方がわからない」という方へ。決まった作法はいりません。次のどれもが、立派な祈りです。
祈りや信仰をもつ人のほうがストレスへの対処が良好だった、という研究報告はいくつもあります。ただし多くは「関連がある」ことを示すもので、「祈れば治る」ことを証明したものではありません。もともと支え合う人間関係を持っている人が祈る習慣も持ちやすい、という説明も成り立つからです。
どれも「不安を減らしたい」という自然な気持ちから出ています。ご自身を責める必要はまったくありません。ただ、やめてみると楽になるものがあることは知っておいてください。
不安は、治療の効果が出やすい領域です。薬だけ、あるいは心理療法だけを選ぶ必要もありません。「こんなことで受診していいのかな」と思う内容こそ、どうぞお持ちください。