〜 その落ち込みは、予告されています 〜
先週まで、調子がよかった。やりたいことがたくさんあって、動けていた。
それがある朝、ふっと電池が切れたように動けなくなる。
布団から出られない。連絡を返せない。あれだけ楽しみだった予定が、すべて重荷になる。——そして「なんの前触れもなく、急に来た」と感じます。
急に動けなくなると、多くの方が「甘えているのでは」「気を抜いたからだ」と自分を責めます。ご家族も、そう見えることがあります。
でもこれは気分の波という、この病気の中心にある症状です。意志の問題ではありません。だからこそ、意志ではなくしくみで防ぎます。
引き金になりやすいものは、だいたい決まっています。ご自分に当てはまるものを見つけてください。
これが最大の原因です。調子がいい時期(軽躁や、その手前の「いい感じ」の時期)に、予定を詰め込み、夜更かしをし、あれもこれも引き受けてしまう。
そのときは本当にやれてしまうので、無理をしている自覚がありません。ところが使ったぶんは、あとで必ず請求されます。高く上がるほど、深く落ちます。
つまり——落ちる原因は、落ちる前ではなく、その2〜3週間前にあります。手を打つのも、そこです。
双極性障害は、体内時計の乱れが相の切り替えの引き金になりやすいことがわかっています。他の病気より、この影響がはっきりしています。
徹夜、夜勤、旅行の時差、連休明け、締め切り前の追い込み、引っ越し、転職。——「起きる時刻と寝る時刻が大きく動いた1〜2週間後」に、波が来ることがよくあります。
毎年ほぼ同じ時期に落ちる方が、少なくありません。秋から冬にかけてが多く、春先に上がるパターンとセットになることもあります。
これは去年・一昨年の記録を見れば、かなりはっきりわかります。規則性があるなら、次は先回りできます。
調子がいい時期に「もう要らないのでは」と感じて、飲まない日が増える——これはとてもよくあることです。
ただ、気分安定薬は「波を防ぐ薬」です。調子がいいのは効いている証拠であって、要らなくなった証拠ではありません。中断後、数ヶ月以内に再発する確率がはっきり上がることがわかっています。
飲めていない日があるなら、責められることはないので、そのまま診察でお伝えください。
お酒(睡眠の質を壊します)/カフェインの増量/抗うつ薬の単独使用(躁転のリスクがあるため、双極性障害では慎重に扱います)/大きな出来事(良いことも引き金になります。昇進、結婚、引っ越しなど)。
全部やる必要はありません。①と②だけでも、落ち方はかなり変わります。
いちばん効くのに、いちばん守りにくいのがこれです。
調子が上がっているとき、判断は「もっとやれる」に傾きます。そしてその判断は、そのときは正しく感じられます。だからその場の判断に任せず、元気なうちに数字で決めておきます。
「予定は1日ひとつまで」「夜9時以降は仕事をしない」「新しいことは月に1つまで」——このくらい具体的にします。
そして大事なのは、上限を決めるのを、落ち着いている時期にやること。上がってから決めようとしても、まず決められません。
リズムを守る方法はいくつもありますが、効果と実行しやすさで、起床時刻の固定がいちばんです。
「早く寝る」はうまくいきません。眠くないからです。そのかわり、何時に寝ても、同じ時刻に起きる。起きたらカーテンを開ける。これだけを守ります。
休日も、平日との差は2時間以内を目安に。ここが大きく開く方ほど、波が出やすくなります。
気分は測りにくいので、目に見える行動で書きます。詳しくは Section 04 で扱います。
そして、書いたものをご家族や近しい方と共有しておくと、精度が上がります。落ちはじめの変化は、本人よりまわりのほうが先に気づくからです。
あとから記録を見返すと、ほぼ必ず前兆が残っています。「あの週から寝るのが遅くなっていた」「3日前から返信が減っていた」。
記録の目的は反省ではなく、次に同じパターンが来たとき、早く気づくためです。1日1行で十分です。
毎年同じ時期に落ちているなら、その1ヶ月前から予定を減らしておきます。
去年と一昨年の記録を見て、落ちた月を確かめてください。規則性が見つかれば、来年はその手前で手が打てます。これは記録がないとできない対策です。
気分安定薬は症状がないときに飲み続けることに意味がある薬です。調子がいいのは、効いているからです。
副作用がつらい、飲みにくい、妊娠を考えている——そういうときはやめるのではなく、相談してください。量の調整や種類の変更で対応できることがよくあります。
ここがこのページの実務的な中心です。「気分が落ちてきた」ではなく、目に見える行動で書くのがコツです。
本人がいちばん気づきにくいのがこちらです。
ここに気づくほうが、結果的に落ち込みを防げます。
① 数えられる形にする。「元気がない」ではなく「7時に起きられない日が3日続いた」。あとで判定できます。
② 3段階に分ける。「いつもと違うかも(黄色)」「あきらかに変(オレンジ)」「まずい(赤)」。色ごとに、やることを変えます。
③ 共有する。ご家族やパートナーに1枚渡しておく。「これが2つ出たら、言ってほしい」とお願いしておくと、早く気づけます。
🟡 黄色(1〜2個)— 予定をひとつ減らす。起床時刻を守り直す。記録を毎日つける。
🟠 オレンジ(3個以上、または3日続く)— 新しい予定を入れない。家族に伝える。次の診察を待たずに連絡する。
🔴 赤(動けない/眠れない日が続く/衝動的な行動)— すぐ受診。ひとりで判断しない。
無気力の最中は、判断する力そのものが落ちています。「何を削るか」「誰に連絡するか」を、その場で決めるのは無理です。
だから、調子がいいうちに、紙1枚にしておきます。落ちたときの自分は、書いてあることを読んで、そのとおりにするだけでよくなります。
① まず削るもの——「この習いごとは休む」「残業はしない」「この集まりは断る」。優先順位を先につけておきます。
② 絶対に手放さないもの——「起きる時刻」「薬」「通院」。ここだけは守る、という最低ライン。
③ 連絡する人——名前と連絡先。「この人に、こう言う」まで決めておくと動けます。
④ やらないと決めること——大事な決断をしない。仕事を辞めない。別れ話をしない。落ちている最中の決断は、あとで後悔することが多いからです。
次の予約まで待たなくて大丈夫です。早いほど、浅く済みます。