〜 次の手は、まだあります 〜
医学的には、十分な量の抗うつ薬を、十分な期間(ふつう4〜6週間)きちんと使って、それを2種類以上試しても良くならない場合を指します。
そう言われると、「もう打つ手がない」と宣告されたように感じるかもしれません。治らない病気だと思ってしまう方もいます。
でも、そうではありません。
2025年に改訂された日本うつ病学会のガイドラインでは、「難治性」とひとくくりにせず、段階を分けて考えるようになりました。
①「後続治療(こうぞくちりょう)」——最初の薬で十分に良くならなかったときに、次に進める治療のこと。まだ「難治」とは呼びません。うつ病の治療では、ごくふつうに起きることです。
②「治療抵抗性うつ病(TRD)」——2種類以上の抗うつ薬を十分な量と期間で使っても反応が得られない場合。薬への反応だけで決まる言葉です。
③「DTD(難治性抑うつ)」——いちばん新しい考え方です。薬が効く・効かないだけでなく、再発をくり返して安定しない、副作用がつらくて薬を続けられない、といった場合も含めます。「治療をしても、苦しさや生活のしづらさが続いている状態」という、より広い捉え方です。
この変化には理由があります。症状が消えること(寛解)だけが回復ではない——「以前の自分に戻れた」「充実している」「自分は健康だと感じられる」といった、ご本人が大事にしている回復を見るようになったからです。
専門的な話が続きますが、全部を理解する必要はありません。「こういう選択肢があるらしい」とわかれば十分です。
そのうえで、気になったものを診察で聞いてみてください。「rTMSってどうなんですか」と聞いていただいて、まったくかまいません。
薬を足したり変えたりする前に、必ず見直すところです。ここで見つかることが、本当に多いのです。
抗うつ薬が効かないうつの背景で、いちばん多いのが双極性障害(躁うつ病)の見落としです。
軽い躁の時期は「調子がよかっただけ」と記憶されるため、本人からは語られません。すると「うつ病」として抗うつ薬だけで治療が続き、効かないどころか、かえって不安定になることがあります。
ほかにも、不安症・発達特性・PTSD・慢性的なトラウマが背景にあると、うつの治療だけでは届きません。「過去にやたら元気だった時期はないか」をご家族に聞いてみる——これが手がかりになります。
意外に多いのがこれです。少ない量のまま、あるいは2〜3週間でやめてしまっているケースです。
抗うつ薬は、まず2〜4週で手ごたえを見て、4〜6週で効果を判定します。副作用が心配で増やせないまま時間が過ぎていることもあります。
「効かなかった」と言える条件を満たしていたかを、記録で確かめます。
責めるための確認ではありません。飲めていない理由のほうが大事だからです。
副作用がつらかった。飲むと余計にだるくなった。飲み忘れが多かった。効いている実感がなくて途中でやめた。本数が多すぎた。——どれも解決できる問題です。
ここを正直に言っていただけると、治療の筋道が大きく変わります。当院で責めることはありません。
うつと見分けがつきにくい体の病気があります。血液検査などで確かめられるものです。
甲状腺機能の低下/貧血(鉄欠乏)/ビタミンB12・葉酸・ビタミンDの不足/睡眠時無呼吸症候群/慢性の痛み/薬の副作用(一部の降圧薬やステロイドなど)。
特に睡眠時無呼吸は見逃されやすく、これがあると何を使っても日中の調子は戻りません。いびき・日中の強い眠気があれば、検査の価値があります。
これは薬では解決できません。原因が現在進行形で続いているなら、薬はその上から効かせようとしている状態になります。
パワハラのある職場。モラハラやDVのある家庭。終わりの見えない介護。借金。——環境が変わった瞬間に良くなる方を、何人も見てきました。
言いにくいことほど、治療の鍵になります。
お酒は、それ自体がうつを悪化させ、睡眠の質を壊します。「寝るために飲む」が続いていると、治療の効果が出ません。
市販の鎮痛薬やカフェインの大量摂取、ベンゾジアゼピン系の長期使用も、日中のだるさや意欲の低下として現れることがあります。
うつと同時に別のものがあると、うつの治療だけでは足りません。
不安症・強迫症/発達特性(ASD・ADHD)/PTSD・複雑性トラウマ/摂食障害/パーソナリティの課題/慢性の痛み。
この場合、うつの薬を増やすより、そちらに手を当てたほうが早いことがよくあります。
①〜⑦のどれかが当てはまったなら、そこを先に手当てするのが近道です。薬を足していくのは、そのあとで間に合います。
特に①の診断の見直しと⑤の環境は、薬を何種類足しても越えられない壁になります。
「効かないから次の薬」という単純な話ではありません。打ち方が4通りあり、それぞれ向き不向きがあります。
いま使っている薬を増やしてみる方法です。いちばん最初に検討されます。ガイドラインでは「国内で認められている用量の範囲内で増やすことを提案する」とされています。
良い点——薬の種類が増えない。やめるときも楽。これで届くなら、いちばん単純な解決です。
大変な点——副作用も一緒に増えます。吐き気、眠気、性機能の問題、体重の変化など。そして増やしても効果が頭打ちになる薬もあります。
正直に書くと、増量でどれだけ上乗せできるかは、研究上はっきりしていません。それでも最初に検討されるのは、副作用による中断が増えるわけでもなく、「量が足りていなかっただけ」という可能性を先に消しておきたいからです。増やしたあとは、効果と副作用の両方を見ていきます。
別の抗うつ薬に乗り換える方法です。同じ系統の中で変える場合と、違う系統へ移る場合があります。
系統には、セロトニンに働くもの(SSRI)、セロトニンとノルアドレナリンに働くもの(SNRI)、それ以外のしくみのもの(ミルタザピン、ボルチオキセチン、三環系など)があります。
よく「効かなかった薬とは違うしくみの薬に移るべき」と言われますが、じつは「同じ系統の中で変えるほうがよいか、違う系統へ移るほうがよいか」は、研究ではまだ結論が出ていません。どちらが正しいというより、これまでの効き方と副作用の出方を見て決めることになります。
良い点——薬の種類が増えない。副作用のパターンを変えられる(前の薬の副作用がつらかった場合に有効)。
大変な点——切り替えの期間がかかります。前の薬を減らしながら次を増やすので、その間に一時的に調子が落ちることがあります。また、効果判定にまた数週間かかります。
いまの抗うつ薬は続けたまま、別の種類の薬を少量足して、効きを底上げする方法です。難治性うつでは、ここが中心になります。
国内でうつ病に対して承認されているのが、アリピプラゾール(エビリファイ)とブレクスピプラゾール(レキサルティ)の少量追加です。どちらももともと抗精神病薬ですが、少ない量を抗うつ薬に足すと効果が上がることがわかっており、「既存の治療で十分な効果が認められない場合」という条件つきで使えます。
この2つは似たしくみの薬ですが、レキサルティのほうがそわそわ感(アカシジア)が出にくいとされ、エビリファイでそわそわして続けられなかった方に選ばれることがあります。どちらが合うかは、これまでの経験と体質によります。
このほか、リチウム(適応外)、甲状腺ホルモン(T3)、オメガ3不飽和脂肪酸なども古くから使われてきましたが、いまは「選択肢のひとつ」という控えめな位置づけです。効果がはっきりしないわりに負担が大きいためで、ガイドライン2025ではリチウムを足すことは積極的にはすすめられていません。
良い点——効いている部分を手放さずに済む。切り替えの空白期間がない。比較的早く(数週間で)効果が出ることがあります。
大変な点——薬の数が増えます。アリピプラゾールやブレクスピプラゾールでは、そわそわ感(アカシジア)や眠気、体重増加に注意が要ります。
そして、ここは正直にお伝えしておきます。増強療法では、効果が上がるかわりに、副作用で治療を中断する方も増えます。「効くけれど、全員にとって楽な方法ではない」——だからこそ、始めるかどうかを一緒に決めることに意味があります。
もうひとつ。増強療法の研究の多くは3か月以内のもので、長く続けたときにどうかは、まだよく分かっていません。3か月を超えて続ける場合は、「本当に効いているか」を折々に見直すことになります。
作用のしくみが違う抗うつ薬を2種類組み合わせる方法です(たとえばSSRIにミルタザピンを足す形)。
良い点——不眠や食欲低下が強いときに、そちらにも同時に効かせられます。
大変な点——副作用が足し算になります。眠気や体重増加が出やすく、どちらの薬が効いているのか分からなくなるという難しさもあります。
| 良い点 | 大変な点 | |
|---|---|---|
| Ⓐ 増やす | いちばん単純。薬が増えない | 副作用も増える。頭打ちのことも |
| Ⓑ 変える | 薬が増えない。副作用の傾向を変えられる | 切り替え期間に谷ができる。判定にまた数週間 |
| Ⓒ 足す | 効果が早め。いまの効きを手放さない | 薬が増える。アカシジア・眠気・体重増加 |
| Ⓓ 組み合わせる | 不眠や食欲にも同時に効かせられる | 副作用が足し算。どちらが効いたか不明 |
「いちばん効くのはどれか」だけでは決まりません。実際には、次のような条件で変わります。
いまの薬が少しは効いているか(効いているなら Ⓒ)/副作用がつらいか(つらいなら Ⓑ)/どのくらい急ぐか(急ぐなら Ⓒ)/通院の頻度や検査がどれだけ負担か/妊娠を考えているか/仕事を続けているか。
ここは、ご本人の事情を聞かないと決められないところです。遠慮なく言ってください。
このページに出てくる薬は、一般的な選択肢を知っていただくためのものです。使える薬や組み合わせは、診断・体質・他の病気・飲んでいる薬によって変わります。
ご自分で判断して増やしたり、やめたりしないでください。特にアリピプラゾール・ブレクスピプラゾールは、少しの量の違いで感じ方が変わることがあります。「このページに書いてあったので」と診察で言っていただくのが、いちばん安全な使い方です。
難治性うつでは、薬だけで押し切ろうとしないほうがうまくいきます。並行して使えるもの、薬より効くことがあるものを挙げます。
認知行動療法(CBT)や対人関係療法(IPT)を薬と並行して行うと、薬だけよりも成績が良くなることが示されています。特に、何度もうつをくり返している方に向いています。
良い点——副作用がない。身につけたやり方は治療が終わったあとも残ります。再発予防の効果が大きい。
大変な点——時間と根気が要ります。そして、うつが重い時期には取り組むこと自体が難しいので、ある程度動けるようになってからになります。
うつが重い時期には、考え方を扱うCBTより、行動から入る行動活性化のほうが取り組みやすいことが多いです。
ガイドライン2025でも、薬で足りないときに精神療法を足すことが「提案」されています。挙げられているのは、認知行動療法(CBT)、マインドフルネス認知療法(MBCT)、弁証法的行動療法(DBT)、対人関係療法(IPT)、精神力動的精神療法など。ただし「国内で実際に受けられるものは限られている」ことも、あわせて明記されています。ここは私たちも歯がゆいところで、受けられる形に合わせて組み立てていきます。
磁気を使って、頭の外から脳の特定の場所を刺激する治療です。薬物療法で十分な効果が得られないうつ病に対して、日本でも保険適用があります。ガイドライン2025でも、薬で足りないうつ病への追加として「弱く推奨」されています。
受けられる条件——国内では18歳以上の成人で、抗うつ薬による十分な治療をしても効果が足りない中等度以上のうつ病が対象です。刺激する場所も左前頭部(左背外側前頭前野)への高頻度刺激だけが承認されています。なお、妄想をともなうタイプのうつ病は対象から外れます。
1回あたり20〜40分程度、平日に毎日通って、数週間続けるのが一般的な形です。麻酔は使わず、終わったらそのまま帰れます。
良い点——薬の副作用(眠気・体重増加・性機能など)がない。意識ははっきりしたままで、記憶への影響もほとんどありません。
大変な点——通院の負担が大きいのが最大の壁です。平日毎日となると、仕事をしながらは難しいことがあります。実施できる施設が限られ、刺激部位の頭痛や顔のぴくつきが出ることもあります。当院では行っていないため、ご希望があれば実施施設へご紹介します。
誤解がいちばん多い治療なので、丁寧に書きます。
昔の映画などの印象から、こわいものと思われがちですが、いま行われているのは「修正型」といって、全身麻酔と筋弛緩薬を使って眠っている間に行います。体が大きく動くことはなく、本人は眠って目が覚めるだけです。
良い点——うつの治療のなかで、効果がいちばん高く、いちばん早い方法です。薬が何種類も効かなかった方にも効くことがあります。食事がとれない、動けない、命に関わる状態のときには第一に検討されます。
大変な点——入院が必要で、麻酔をかけられる体の状態であることが条件です。一時的なもの忘れ(治療の前後の記憶が抜ける)が出ることがあり、多くは数週間で戻りますが、気になる方もいます。また効果を保つには、そのあとの維持治療が必要です。
ガイドライン2025では、2種類以上の抗うつ薬で足りないうつ病への追加として「提案する」位置づけです。また、自殺の危険が急に高まっているときや、食事がとれず体が弱っているときは、段階を待たずに早い時点で検討されます。
当院では行っていないため、必要と判断した場合は入院のできる病院にご紹介します。
地味ですが、積み重なると効きます。そしてどれも今日から始められます。
運動——軽い有酸素運動を続けると、うつの症状が軽くなることが複数の研究で示されています。負担が少なく、副作用がありません。
光——朝に光を浴びること。季節で悪化するタイプでは特に効きます。
生活リズム——起床時刻を固定する。これは効果が地味に見えますが、土台が崩れていると他の治療も効きません。
大変な点——うつのときに、いちばん取り組みにくいのがこれだということです。「やればいい」と分かっていてもできない。だからこそ、ハードルの下げ方が大事になります。
治療の話から外れるようですが、ここが決め手になることが実際には多いのです。
休職する。部署を変えてもらう。転職する。介護の分担を変える。距離を取る。——ストレスの元が続いている限り、どの治療も「その上から」効かせようとすることになります。
制度(傷病手当金・自立支援医療・障害年金)を使えば、休むことの負担は減らせます。遠慮なくご相談ください。
決まった正解はありませんが、多くの場合こう進みます。
大事なのは、1段ごとに「効いたかどうか」をきちんと判定することです。あいまいなまま次へ行くと、何が効いたのか分からなくなります。
ただし——この順番は「決まり」ではありません。ガイドライン2025は、「どの選択肢を先にすべきかは結論づけられない」とはっきり書いています。効果の大きさだけでなく、通院の負担、検査の負担、仕事を続けられるか、妊娠を考えているか——そうした事情を含めて、ご本人と相談して決めていくもの(共同意思決定/SDM)とされています。
次の一手を決める材料になります。
遠慮せずに聞いてください。
このページの治療の位置づけは、日本うつ病学会「うつ病診療ガイドライン2025」(2025年12月公開)の、第9章「後続治療」および第10章「さらなる段階の治療・DTD」の記述にもとづいています。
ガイドラインは「多くの方に当てはまりやすい目安」であって、一人ひとりの処方を決めるものではありません。実際には、これまでの効き方・副作用・体の状態・生活の事情を見て決めます。ここに書いていない選択肢が、あなたには合うこともあります。
内容は公開時点のものです。気になることは、そのまま診察でお尋ねください。